BCGと世界経済フォーラム(WEF)の共同レポート
気候変動対策のギャップを埋める大胆な施策:政府と企業に求められる体系的な変革
人類最大の課題は、解決まではほど遠い状態にあります。2015年にパリで合意されたこの目標は、策定から10年も経たないうちに手の届かないものになりつつあります。意思決定者は決意を固め、段階的なアクションから体系的なアクションへと直ちに移行する必要があります。
地球温暖化を1.5°C未満に抑える可能性を残すには、世界全体の排出量を2030年までに年間で約7%削減する必要がありますが、排出量は現在でも年間1.5%ずつ増加しています。(図表をご参照ください)
近年、多くの分野で進歩がみられるにもかかわらず、気候変動対策は依然として十分な効果を得られていません。
- 2050年までの各国政府のネットゼロ公約によってカバーされるのは総排出量の35%のみであり、そのうち大胆な目標を野心的な政策で補完する国によってカバーされる量はわずか7%です。
- 世界のトップ1,000社のうち、科学的知見と整合した1.5℃目標(science-based targets)を設定している企業は20%に満たず、包括的な移行計画を公開している企業も10%未満です。ほぼ40%の企業は、ネットゼロへのコミットメントがまったくありません。
- 現在経済性がある技術、および近い将来に経済性を獲得すると見込める技術では、気温上昇を1.5℃に抑えるために必要な排出削減量の約半分しか達成できません。
- 気候変動対策のための資金ニーズの半分以上が依然として満たされておらず、特に初期のテクノロジーやインフラ、低・中所得国において重大なギャップが存在します。
今、地球が目指すべき未来に向けてかじを取るには、適応策だけでは不十分です。私たちは緩和策を大幅に強化する必要があり、もはや段階的な取り組みに頼ってはいられません。迅速も大きなインパクトをもたらす大胆な構造変革が必要です。脱炭素化に必要となる経済面での後押しとビジネスケースを生み出す上で、政府が目標をより高く掲げ、政策を強化することが特に重要です。政府は、以下の5つの行動を優先する必要があります。
600ギガトンを超えるギャップを埋める
炭素価格を認識し、引き上げる
大きなインパクトをもたらすソリューションに対する融資とインセンティブを倍増する
移行に関する障害を取り除き、アクションを少なくとも3倍加速する
温暖化の進む世界において、より抜本的な対策に備える
政府が重要な役割を担う一方、民間セクターの企業にも、特に今後10年間に向けて自社のビジネスとエコシステムのレジリエンスを強化して構築するなど、気候変動への取り組みを加速する多大な責任と機会があります。多くの企業がすでに行動を起こしていますが、そうした企業の行動をすべて足し合わせても、私たちのより広範な目標を達成するには不十分です。BCGは、企業が自らコントロールできる領域をはるかに超えて、世界規模の気候変動対策を強化し、劇的な影響をもたらす可能性を秘めた5つの方法があると考えています。
サプライヤーによる脱炭素化を促進する
より環境に優しい選択肢を顧客に提供する
業界全体で変化を推進する
業界横断型の提携に参画する
大胆な政策を提唱して支援する
これは、繰り返し論じられている話ではありますが、真実であることは確かです。時は刻々と刻まれ、災害を回避する時間は残りわずかです。私たち自身の課題のみに焦点を当てても、十分な進歩は得られません。私たちはまた、業界や社会全体の変化をサポートし、加速するシステムプレーヤーになる必要もあります。「できるどうか」を問うのではなく、「どうすればできるか」を考えるなければならない時が来ています。
このレポートが政府機関やマネジメント現場の意思決定者にインスピレーションを与え、実践的なガイドとして役立つことを願っています。第1部では、現状、何が不足しているのかを率直に評価し、第2部では、漸進的インパクトから体系的なインパクトへと変えていくために、最も重要かつ実践的な行動は何か、深く掘り下げます。
グリーン市場で勝機をつかむ: ネットゼロ社会に向けた低炭素製品の拡大展開
世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して1.5度に抑えるという、パリ協定で掲げられた意欲的な目標を実現するためには、あらゆる経済セクターにおいて大規模な技術転換が求められます。非化石燃料などの代替策はすでに、世界の排出量の多くを削減しています。しかし、グリーン(環境配慮型)素材・製品、およびプロセスは、従来の環境負荷の高いものよりも大きなコストがかかります。幸いなことに、このコスト面の課題は克服できないものではありません。早期参入企業の動向から、急成長するグリーン市場で勝機をつかむために必要なことが見えてきます。
世界経済フォーラム「CEO気候リーダー・アライアンス」(the WEF Alliance of CEO Climate Leaders)とBCGによる最新の共同レポートでは、自社の取り組むべきグリーンビジネスを特定して創出し、拡大展開することで、早期参入企業にどのように追随することができるのかを検討しています。そのなかで、次のようなインサイトを導き出しました。
- 特に産業財業界で、コストが大きな課題になっている。グリーン技術によって航空輸送を脱炭素化する場合について考えてみましょう。100%水素化処理エステル・脂肪酸(HEFA)のバイオジェット燃料による航空輸送は、排出量を50~90%まで削減できる可能性がありますが、トンキロあたりのコストを約8%まで増加させると予想されています。また、まだ実用化前の段階で拡大展開はされていませんが、合成ケロシンのような完全にネットゼロの燃料では運賃が約2倍になると考えられます。
- コスト高は技術の規模拡大により改善する見通し。グリーン技術の規模が拡大すれば、高コストというデメリットは改善する可能性が高いと考えられます。たとえば米国では、太陽光発電のコストが石炭や天然ガスと同等に達しています。また、商用のバッテリー式電気自動車(BEV)、および水素電気自動車(FCV)の総所有コスト(TCO)は、2050年までに内燃機関(ICE)自動車を下回ると予想されています。さらに欧州では、早ければ10年後にも、温室効果ガスが発生しない方法で製造される「グリーンスチール」のコストが、化石燃料由来と同等になる可能性があります。
- グリーン製品には未開拓の市場がある。2022年6月にBCGが実施したサステナビリティに関する消費者調査によると、「環境保全」だけを目的にサステナブルな製品を購入する消費者は10%未満ですが、「健康」「安全」「品質」など他のメリットと関連付けた場合、どの製品カテゴリーでも約2~4倍(消費者の20~43%)に増加することがわかっています。また、「利便性」「情報不足」「コスト」などのデメリットが改善されることで、その割合はさらに2~4倍(約80%)にまで上昇します。付加価値となるメリットを提供し、障壁となるデメリットを改善する方法を見つけ出した企業は、大きな未開拓市場にアクセスすることができるのです。
- 脱炭素化へのコミットメントがグリーン市場の追い風になる。2022年11月時点で、1,957社の企業がSBTiに認定された科学的根拠に基づく排出量の削減目標を設定し、2,103社が目標の設定を約束するコミットメントを発表しています。その数は、多くのセクターで大幅に増加しています。企業がこうしたコミットメントを実行に移すにしたがって、「グリーンプレミアム市場」が立ち上がり始めています。さまざまな業界の企業が低炭素な素材やサービスを市場に投入し、価格プレミアムを獲得し始めているのです。
- 多くの製品で必要とされる一部のグリーン素材は、不足する可能性が高い。SBTiに認定されたスコープ3排出量削減のコミットメントを発表している川下企業の市場シェアは、その達成に必要な素材を供給する川上企業のうち同様のコミットメントを発表している企業のシェアをはるかに上回っています。このようなコミットメント水準の差により、一部のグリーン素材が不足する大きなリスクが生じています。
消費者に訴求するグリーン製品を生み出し、その提供に必要なリソースを確保するためには、川下企業も川上企業もgo-to-marketアプローチを見直し、6つの重要なアクションを取る必要があります。
ネットゼロをめざすCEOへの手引き
気候変動対策が世界規模で加速する一方、企業の多くはいまだ準備不足の状態です。将来起こり得る変化を過小評価し保守的に行動していると、座礁資産化やビジネスモデルの陳腐化などのリスクにつながりかねません。
自動車や食品、海運、電力など、さまざまな業界のリーダー企業の取り組みによって、ネットゼロへの移行は持続的な競争優位性をもたらす事業機会であることが明らかになってきています。こうしたリーダー企業は、単に価値を創造しているだけではありません。収益性の高い持続可能な未来への道筋を示すことで、業界に変革を引き起こしているのです。
気候変動対策のリーダー企業について、次の3つのことが明らかになっています。
- 競争優位性を構築できる。気候変動対策のリーダー企業には優れた人材が集まります。コストを削減しつつ高い成長を実現でき、規制リスクを回避し、より有利に資金を調達できるという点でも優位性があります。加えて、高い株主価値を実現することもできます(図表1)。
- 実質ゼロコストで排出量を大幅に削減できる。これは一例ですが、エネルギー効率を高め、低コストの再生可能エネルギーに切り替えられれば、大幅なコスト削減を実現できます。そこで節約された費用を、コストがかさみがちな脱炭素化の資金として活用することが可能になります(図表2)。ほとんどの企業が、 実質ゼロコストで排出量の少なくとも3分の1を削減することができます。食品、消費財、自動車などの業界では、スコープ1、2の排出量の約70%を実質ゼロコストで削減できます。
- 業界の取り組み水準を向上させることができる。サステナビリティは今や、競争優位性にかかわる重要事項です。企業は少なくとも、「後れをとっている」と見られたくはなく、ある企業が動けば他の企業もそれに続かなければならないというプレッシャーが生まれています(図表3)。めざすべきものは急速に変化しています。勇気をもって野心的な目標を設定した 一企業によって、業界全体が動く可能性があります。
あらゆる業界のCEOは、前例のない、世界規模のトランスフォーメーション(構造的変革)に取り組まなければなりません。ネットゼロへの道のりでは、戦略、オペレーション、事業ポートフォリオ、組織の変革を成功させる必要があります。近い将来を見通す青写真はありませんが、注意すべき課題や、検討すべき措置を特定することはできます。この目的を達成するため、BCGと世界経済フォーラムは協力して、「クライメートアドバンテージ構築のためのCEOガイド」を作成しました。
ビジネスリーダーにはガイド全文を読むようにお勧めしますが、ネットゼロのトランスフォーメーション(構造的変革)のための4つのカギとなる構成要素を以下に示します。
ネットゼロへの移行にあたり重要な4つの基本的要素
ネットゼロ経営戦略
気候変動対策のリーダー企業は、気候変動自体と、それに伴う対策の双方が自社のビジネスモデルに影響を与えることを認識しています。そして、製品や事業ポートフォリオを積極的に適応させれば、新たな成長機会が生まれることを理解しているのです。そうした企業は、ネットゼロのシナリオ下における現在の事業ポートフォリオの財務上のリスクを分析しています。加えて、ネットゼロをめざすうえでの自社のパーパス(社会に対する存在意義)は何なのか、ビジネスモデルをどのように適応させればよいかを定義しています。また、排出量削減についてはオフセットや二酸化炭素除去の位置づけも明確にして、野心的な削減目標を設定しています。この目標は、状況の変化や技術の進歩によって今後さらに高くなる可能性も見込んでいます。
ネットゼロ・オペレーション
効果的な排出量削減プログラムは、コスト削減プログラムとほぼ同様のやり方で実行されています。優れた企業はトップダウンで取り組み、拠点・施設ごとに最もコストの低い手段を特定し、よく考え抜かれた目標、インセンティブ、実行状況の追跡の仕組みを設定して進捗を管理しています。また、製品の設計を見直し、より少量の材料で済ませられないか、代替となる材料はないか、もしくは二次材料を使用できないかを検討します。調達の意思決定においても排出量を考慮し、サプライヤーと密接に連携して自社の製造ラインやサプライチェーンの排出量を削減しています。
ネットゼロ事業ポートフォリオ
ネットゼロ組織
収益性や売り上げのかじ取りと同様に、脱炭素のガバナンスモデルを構築することも求められます。マネジメントの新たなモデル、プロセス、KPI(重要業績評価指標)、システムなど、適切なインセンティブを設定し、将来的に有効な投資をしやすくします。
ネットゼロに向けたトランスフォーメーションには、新規事業や最新テクノロジーへの転換を支える新たなスキルを開発、あるいは獲得することが求められます。また、オペレーションの脱炭素化や新規事業の構築、レジリエンスの強化などにも多額の投資が必要になります。こういった場合には、グリーンファイナンスの活用、サステナビリティ連動債などの革新的な資金調達スキームを通じたパートナーとの協働といった選択肢があります。
企業は、サステナブルでない事業やビジネスプロセスの寿命を延ばそうとするのではなく、将来に向けたサステナビリティ向上の取り組みを進めるための支援を求めるべきです。今後、規制が強化されたときに、サステナビリティのリーダー企業は、先手を打った対策で競争優位性を築くことができる一方、競合企業は追いつこうと四苦八苦するでしょう。また、サプライヤーやパートナーとつくるエコシステム全体を巻き込んで全ステークホルダーの能力を高め、サステナビリティ向上の成果をさらに迅速に実現することもできるでしょう。
今こそコミットし、社内外の人々を巻き込み、行動するときです。世界は史上最大の変革に乗り出しています。何にもまして大胆かつ意欲的なリーダーシップが求められています。行動を起こすときです。
本プロジェクトのエキスパート
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