金融機関では営業や貸出審査の効率化に威力
金融機関は生成AIをどのような領域でどう活用できるのか。営業、審査などにおける代表的な活用例を紹介するとともに、厳しいリスク管理基準のもとで活用するにあたって何を検討するべきか、ヒントを提示します。
ヘルスケア領域は、生成AIの活用が最も期待される領域の一つだ。BCGの調査でも、ヘルスケア領域における生成AI市場は2025年までに年平均成長率(CAGR)85%で拡大する見通しである。ヘルスケア領域は非常に幅広いが、製薬、医療機器(メドテック)、医療機関の3業界を取り上げ、活用事例の現状を解説する。
研究開発での活用が製薬企業の競争力を左右する
製薬のバリューチェーンは大きく3つのステップに分かれている。まずは上流から研究開発、いわゆる創薬。「どういう疾患に対してどんな薬を創るのか」という最初の着想と、実際に人に投与できる状態になってから臨床開発をするステップである。次のステップが、オペレーション。製品をつくり、安定供給できる体制で流通させる。3つ目がコマーシャルであり、市場に投入して営業をかけていくステップ。ここでは、競争力の源泉として非常に重要な上流のステップ、創薬と臨床開発を中心に紹介していく。
製薬において、競争力の有無は研究開発の段階でどれだけ先進的な医薬品を創れるかに懸かっている。しかし、このプロセスには非常に長い期間と大きなコストがかかる。1つの医薬品が世の中に出るまでには平均して9~17年、着想から数えるとさらに長い時間がかかる場合もある。しかも、成功確率は2万~3万分の1と言われており、非常に低い。ここをどう成功させるかが大きなポイントになる。その観点で生成AIが着目されている。
創薬にかかる長大な時間とコストを削減
創薬における具体的なユースケースとして、医薬品の設計を加速させる活用がある。創薬のプロセスは、まず治療したい疾患の発症や進行にかかわる分子を薬の標的として特定する。次にその働きを抑える物質を探し出し、新薬の候補として設計する。後者の工程に生成AIを活用することで、候補物質のより最適な設計が可能になり、治験の成功率を高めることも期待される。
たとえば、米半導体大手のエヌビディアは、BioNeMoサービスという創薬向けの生成AIプラットフォームを提供している。製薬の研究者がこれを新たな分子構造の生成や予測などに活用することで、時間とコストのかかる医薬品候補の開発を加速できる。また、米バイオ製薬のモデルナはIBMと協業し、分子の特性を予測するのに役立つAI基盤モデルMoLFormerを生成AIでさらに進化させ、新しい治療薬の発見と創出の加速を目指している。
そのほかの実例として、香港に拠点を置くAI創薬企業インシリコ・メディシンは、AIでデータベースを解析して効率的に新薬候補を探し出し、候補物質の設計には生成AIを活用することで、18カ月、予算260万ドルでFDA(米食品医薬品局)から新薬の認可を取得した。ある製薬企業を支援している私の同僚の経験でも、生成AIがまったく想定されていなかった構造の化合物を提案し、驚くほどの効果を発揮したということが実際に起きている。
患者のゲノム解析などを通じて個々人に最適な治療を提供する「プレシジョン・メディシン(最適医療)」が最先端医療の一つとして注目されている。生成AIはそこでも、分子レベルで最適化された医薬品の設計を可能にするなど、大きく貢献すると考えられる。
治験報告書の作成時間を60%以上短縮
研究開発にかかる長大な期間のうち半分近くを占めるのは、実際に人間に投与して安全性や効果・効能を検証していく臨床開発のプロセスである。規制当局の管理のもとで行うため、治験報告書の作成が必要となる。これはメディカルライティングという業務であり、大変な労力がかかる。ここに生成AIを活用し一定程度自動生成することで、ドラフトの最初のレベルを短時間で大幅に引き上げることができる。実際に、治験報告書の作成を生成AIで支援するサービスも提供され始めており、メディカルライターの業務時間を60%以上短縮できるという報告もある。
医療機器業界でも、製薬業界と同様に研究開発が肝である。実装事例の見込みとしては、医療機器のモデルを早期に、さまざまなパターンで設計して見比べることが可能になる。
カルテ作成をAIが支援
医療機関のワークフローでも生成AIを活用できる余地は広がっている。影響が大きいのは診断、治療、医師と患者のエンゲージメント(関与)の部分だ。特に3つ目については、たとえば診療中のカルテの記入。医師は患者を診療しながらカルテを書いていくが、記入に集中すると患者対応が疎かになりかねない。米国の一部では、医師がある程度キーワードを書くとAIが想定されるカルテの流れを下書きし、文書化を支援するという実装が始まっている。その他、「こういう症状が出ていて、どうしたらいいでしょうか」という患者からの問い合わせに対する初期的なトリアージ(優先順位付け)にも生成AIの活用が検証され始めている。
患者への「共感力」は医師よりも高評価
生成AIを使用したヒューマンインタラクションはまだまだ機械的という懸念があるかもしれないが、医師と患者のエンゲージメントについては米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)ですでに興味深い調査が行われている。図表は、患者からの医療に関する質問約200件を抽出し、医師の回答とチャットGPTの回答を医療専門家がブラインド形式で評価した結果である。「回答内容の質」については、医師への評価は「許容できる」~「良い」の割合が最も多いが、「乏しい」~「許容できる」の評価も一定程度見られる。一方、チャットGPTへの評価は圧倒的に「良い」~「非常に良い」に寄っている。「思いやり」については、明らかに対照的な結果が出た。医師に対する評価は「ない」~「普通」がほとんどである一方、チャットGPTは大多数の回答で「普通」~「とてもある」と評価された。つまり、医師よりチャットGPTの方が質も高いうえに共感力もあると評価されたのである。今後の活用が非常に期待されるところだ。
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