Managing Director & Senior Partner; Global Lead, Center for Geopolitics
Toronto
By Marc Gilbert, Nikolaus Lang, Michael McAdoo, Jessi Olsen, Rami Rafih, and Takeshi Konomi
世界経済の不確実性が増し、保護主義的感情が高まる中で、各国政府は貿易の拡大と多様化、そして末端市場での競争的優位確保という目的に特化した貿易戦略への依存度を高めている。
WTOが新たな多角的自由化交渉の妥結に苦戦する一方で、各国はさまざまな戦略と目的を達成する手段として、二国間や地域の自由貿易協定(FTA)にますます目を向けるようになっている。だが、全てのFTAが同等に作られるわけではなく、非常に大きいリスクを伴うものである以上、FTAの数が増え続けていることが、はたして官民セクターの組織に、世間での高い評価ほどの恩恵をもたらしているかどうかを問うのは当然である。
各国がFTAに取り組む姿勢の違いと、それらが競争状況にもたらすインパクトを把握するために、ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、100以上の国と主要な貿易圏の自由貿易協定を分析した。その結果をもとに開発したのが、さまざまな国の貿易への関与度を複数の尺度から比較するツール「トレードエンゲージメント・インデックス」である。
官民セクターのステークホルダーは、このインデックスを、国際貿易環境のよりよい舵取りのために活用することができる。
2001年にカタールのドーハで開始した世界貿易機関(WTO)の最後の包括的ラウンド交渉は、未だに貿易自由化の包括的パッケージを実現できていない。さらに最近では、WTOの上層部が組織の「王冠の宝石」と呼ぶ紛争解決制度が、上級委員会への委員の推薦をめぐる加盟国の合意が得られないために、2019年から機能不全に陥っている。
こうした状況を受けて、各国政府が自国のニーズに対処するために多国間貿易協定を創設するケースは、世界全体で年間約3件というペースで続いており、既存の貿易利益を守るために反ダンピング(不当廉売)関税や相殺関税などの手段に頼る傾向が高まっている。
WTOを補うように多様な自由貿易協定のパッチワークが増加していることは、各国が貿易戦略全体を自国の管理下に置くようになっている証拠だ。しかし、協定の内容やその効果には大きなばらつきがあるため、より多くのFTAを締結したからといって、強力な経済的競争力が約束されるとは限らない。そして、新しい「貿易協定」には大きな注目が集まるかもしれないが、その相対的な範囲や深さ、価値創出について検証されることはまれだ。
リスクと機会が複雑に絡み合う状況を読み取ろうとする政府や多国籍企業にとって、このことは重大な盲点を生み出している。自国の貿易協定が、他の国々や貿易圏のそれと比較してどれほど効果的かを政府は把握する必要がある。企業は投資先や原材料の調達先を探す際に、貿易戦略の違いがその決定にどう影響するかを把握したいと考えるだろう。
BCGのトレードエンゲージメント・インデックス(TEI)は、官民のステークホルダーが各国の自由貿易に対する姿勢を複数の尺度から比較することで、複雑な貿易戦略への理解を深められるようにするものである。ベースとなっているのは、マギル大学、ザルツブルク大学、ベルン大学世界貿易研究所の研究者らが共同プロジェクトで開発した「DESTA
「カバー範囲」では、署名国のFTAによって網羅される世界のGDP比率等を測定する。「深さ」は署名国のFTAの性質を測るもので、協定が(例えば関税引き下げなどによって)商品やサービスの貿易を自由化する度合いや、貿易フローに直接関係のない他の戦略的課題(知的財産権や投資条項など)に対処する度合い、法的強制力の仕組みを規定している度合いを評価する。TEIは、利用可能なデータに基づいて、カバー範囲と深さの6つの側面それぞれについて、その国のFTAを1から10までランク付けする。
TEIを通じて、公共セクターの政策立案者は自国の貿易戦略が他国と比べて経済に競争力をもたらしているか否かを把握できるようになる。また、政府や貿易圏の貿易戦略の改善点を明らかにする上でも役に立つ。企業の意思決定者にとっては、特定の政府の貿易に関する強みと弱みを比較することで、工場の立地や原材料調達先として最も魅力的な場所を決める際の判断材料になる。
自由貿易協定のカバー範囲と深さを測定するTEIにより、各国政府の貿易戦略に対する多元的な視点を得ることができる。
さまざまな国のインデックススコアを、深さ(貿易協定の性質と実効性)およびカバー範囲(貿易協定によって網羅される世界のGDPと貿易フローの量)を測定するグラフに分布させると、それぞれの政府による国際貿易戦略を、次の4種類に分類することが可能になる(図表2)。
確固たる自由貿易支持国 対象範囲、自由化や実効力、その他の規定範囲の幅広さという点で、FTAを最も積極的に活用している国であり、多くは、より大きな市場へのアクセスを貿易協定によって確保しようとする比較的小規模の国々だ。日本、英国、チリ、シンガポール、カナダ、メキシコなど、このグループに属する国のFTAは、世界のGDPと自国の貿易フローを幅広く網羅している。これらの国は、例えばメキシコなら米州、シンガポールなら東南アジアというように、自国と同じ地域の貿易相手国を対象にする傾向が特に強い。またこうした国の協定には、貿易自由化と法的強制力の強化に積極的であるという特徴がある。さらに、貿易協定を商品やサービスの取引にとどまらず、他の戦略的利益(知的財産権、投資フロー、労働慣行など)に対応する規定を提供する手段としている国も多い。
選択的有効利用国 このタイプの国には、米国、湾岸協力会議(GCC)加盟国、台湾などが含まれる。それぞれ特有の事情により、締結している自由貿易協定の数は(「確固たる自由貿易支持国」に比べて)少ない。これらの国は、少数の主要な相手国との間で戦略的関係を結んで盛んに貿易を行い、そうした相手国との貿易自由化に重点を置く傾向がある。「確固たる自由貿易支持国」と同じく、選択的有効利用国の締結する貿易協定は、非常に強固で法的強制力がある傾向にあるため、深さの尺度の評価は全般的に高い。例えばUSMCA協定(旧NAFTA)では、米国はカナダとメキシコという2つの近接する重要な貿易相手国に対して有利な条件を確立している。
対象限定型の協力国 例えばベトナム、韓国、ノルウェーなどの国のFTAは、世界のGDPと各国の貿易フローのかなりの割合を網羅している。しかし、「確固たる自由貿易支持国」に比べると、貿易協定の自由化の程度が低く、貿易フローに直接関係しない問題についての規定が少なく、法的強制力の仕組みが少ない(あるいは強固でない)傾向がある。多くの場合、これらの国は少数の戦略的産業を対象として、自由貿易相手国に比較的高い関税を維持している。また、経済の構成や戦略的優先事項を主な理由として、これらの国の協定はサービスや非貿易条項をあまり重視しない傾向がある。本質的に、このタイプの国の協定は、優先度の高い産業に対する保護政策を実現させる余地を残しながら、主要な貿易フローのために市場アクセスを確保する内容となっている。
独立行動国 中国、インド、トルコを含むこれらの国々は、FTAの網羅する範囲も、商品やサービスの貿易自由化や、さらに幅広い非貿易戦略的利益の提供に関するFTAの有効性も、どちらも低い。このタイプに分類される中小国にとって、それは国内の新興産業を保護したいという願望が強いためかもしれない。ただし、「対象限定型の協力国」に比べると、「独立行動国」では、高関税に守られる産業はより広範囲にわたり、対象がそれほど限定されていない傾向がある。例えば、トルコが部分的に参加しているEUとの関税同盟は工業部門に重点が置かれていて、農業など優先度の高い部門を保護する余地が十分に確保されている。
中国は、自国のサイズと経済的影響力を活かし、FTAの利用を限定的なものにとどめている。その戦略は、規模とコスト競争力に任せて、WTOの条件のみで海外市場にアクセスするというものだ。もう一つの大国であるインドも、まだFTAを貿易戦略の中で重要視してはいないが、オーストラリアやUAEとの新しいFTAや、他の相手国との交渉が進行中であることが示すように、状況は変わりつつある。
BCGは、40余りの政府と貿易圏のTEIスコアをまとめ、貿易関与度と実効性に関する6つの尺度で、それぞれの貿易協定を比較した(図表3)。
世界中で増え続ける貿易協定は混乱をもたらしかねないが、その一因は、各国がさまざまな目的で協定を締結し、それぞれの国の幅広い貿易戦略に基づき、貿易協定に依存する度合いもさまざまであるためだ。こうした違いがもたらすトレードオフは、官民のステークホルダーに影響を及ぼすことになる。
企業はグローバルな調達・製造拠点を評価する際に、トレードエンゲージメント・インデックス(TEI)を次のように活用できる。
公共セクターでは、政府はTEIを次のように活用することが可能だ。
各国は、世界の貿易制度に対する最近の衝撃がもたらした課題と機会に対応できるように、自国の貿易戦略の見直しに注力している。貿易協定が急増する中で、各国の経済競争力にもたらされる影響には大きなばらつきがある。
さまざまなFTAの性質の違いやその背景にある戦略的動機を多元的な視点から見ることで、企業も政府もリスクに対処することができ、世界貿易がますます複雑化する時代においても最大の恩恵を得られるようになる。
原典: Which Economies Benefit the Most from Free Trade Agreements?
Managing Director & Senior Partner; Global Leader, BCG Henderson Institute; Global Vice Chair, Global Advantage Practice
Munich
Alumna