Managing Director & Senior Partner
Paris
By Nicolas de Bellefonds, Sylvain Duranton, Vladimir Lukic, Jessica Apotheker, Rich Lesser, and Theo Breward
ChatGPTの公開から1年。生成AIの魔法のような力に驚嘆する瞬間を、多くの人が体験してきた。
それは経営陣も同様である。しかし生成AIの素晴らしさを1年にわたって耳にしてきた今、彼らは生成AIを実際のビジネスの世界での成果につなげる準備を整えている。CEOが抱える難問は多岐にわたる。「最も高い価値を生み出すのはどの事業機会か」「コスト、利益、リスクとの間で、何がトレードオフになるのか」「責任ある形で生成AIを導入するにはどうすればいいのか」「このテクノロジーがもたらす大きな変化に備えるには、自社の体制をどう整えるべきか」
つまりは、「予想もつかない素晴らしい成果を生み出す生成AIの“魔法”を、それと同じくらい素晴らしいビジネスインパクトにつなげるにはどうすればいいのだろうか」ということである。
この疑問に答えるため、BCGは2,000人を超えるCEOや経営幹部を対象に、生成AIの有効性と限界について尋ねた。調査を通じて、企業がこの驚くべきテクノロジーをどのように活用しているのかが明らかになった。1年の経験と実験を経た今、そして毎月のように新しい生成AIモデルが登場するなかで、生成AIが秘める絶大な可能性をどうすれば持続的な価値へと変えることができるのか、私たちの見解を共有したい。
単一のアプローチでは、生成AIがもたらす価値の全容を捉えることは難しい。経営陣は価値創造に関する次の3つの戦略を通じて、自社の機会を幅広く吟味するとよい。
この3つの戦略は、投資家や取締役会を満足させるために手早く行われる小規模パイロットの域にとどまらない。責任あるAIの原則に従いながら、予算、業務プロセス、役割、組織文化を含めたあらゆる領域に生成AIを組み込むという、組織全体へのコミットメントなのである。これらの取り組みは同時に開始できるものの、生産性の向上、費用と便益のトレードオフ、成功要件、意図しない結果に伴うリスク、オペレーションモデルへの影響はそれぞれ独特だ。詳しく見ていこう。
生成AIはすでに、日々の仕事に喜ばしい変化をもたらしている。従業員は生成AI搭載のアシスタントツールを使い、メールやプレゼンテーション資料をより迅速に作成できる。自動化されたツールが会議や通話の内容をほんの数秒で手際よく要約してくれるので、より創造的で付加価値の高い仕事に時間を割ける。
しかし、変化はそこで終わりではない。ソフトウェアプロバイダーは、メールの分類といったさらなる的確な顧客エンゲージメントを通して、日常業務の効率を高める魅力的なソリューションを売り出している。多様な生成AIソリューション/モデルを組織内に幅広く展開すれば、生産性の劇的な向上に目を見張るだろう。生成AIツールの導入による生産性向上は個々の従業員レベルにとどまらず、企業全体でみても10~20%以上の向上につながる可能性がある。
導入を開始するにあたり、企業は次のことを行う必要がある。
今すぐ始める。技術的な観点で言えば、導入戦略は3つの中でもっとも取り組みやすい。既製のソフトウェアを活用すればすぐに始められる。チームですでに使用しているビジネスツールを簡単にアップグレードすることが可能だ。特に守秘義務、データプライバシー、知的財産の所有権に関しては、導入に際して明確なガイドラインを設定するのがよいだろう。そして、テストを軽視しないこと。特定のタスクに最適なソリューションを選択するためにテストは不可欠であり、ツールが何万人もの従業員にひとたび展開されてしまうと、実はそれが合っていなかったとしても変更が難しくなってしまう。
大規模な導入という挑戦を恐れずに、受け入れる。全社的なアップスキリングは、生成AIによる効率向上を組織全体で幅広く実現するために不可欠である。アップスキリングのプログラムでは、従業員のパフォーマンスと長期的な成長、ひいては会社自体の成功にとって、このテクノロジーがいかに根本的な役割を果たすのかを伝え、従業員の理解と支持を得ることが大切だ。
導入にかかるコストと得られる利益を慎重に検討する。生成AIはコスト削減につながるかもしれないし、その逆かもしれない。大規模なホスティングモデル(データ、サービス、アプリケーションやその他のリソースを保存・管理・運用するインフラ設定やアプローチ)を構築するのであれば、個々の取引コストは分散され、低下するだろう。一方、ライセンスモデルの場合は固定費構造であるため、利用を拡大するにつれてコストが上昇する可能性がある。
それでも、今日の競争環境を踏まえれば、生成AIの導入は基本的かつ必要不可欠な決断だ。費用を相殺するために他のコストを最適化する必要はあるものの、この好機に向き合った企業は、それに見合う成果をすぐに得られるだろう。
生産性向上のために生成AIツールを導入することは必須だが、それだけでは十分ではない。組織が業務プロセスや機能の見直しを図る、つまり再設計するとき、それよりもさらに大きなチャンスをつかめるかもしれない。
再設計の成果は、顧客サービス、マーケティングコンテンツの開発、ソフトウェア開発など、効果が予想できる分野だけでなく、現場仕事やエンジニアリング(建築、設計、土木、機械、製造)のような分野にも現れる。機能の再設計にあたり、組織的な課題(仕事の集約化や、業務プロセスの再設計など)が浮上するかもしれないが、それだけの苦労に報いる見返りがある。生成AIは効率性と有効性の両面で、30~50%の向上を実現する可能性があるのだ。
コールセンターの業務において、効率性と有効性の向上は、顧客、従業員、企業というすべての関係者にとって朗報だ。BCGが支援したある銀行のコールセンターでは、カスタマーサービスでの相談時間が約50%削減された(図表1)。使用した生成AIツールは効果的なだけでなく、使いやすくもあった。カスタマーサービスのスタッフはAIアシスタントの回答を75%の承認率で受け入れていた。多忙な従業員と顧客の双方にとって、このような効率のよさは願ったり叶ったりだろう。
再設計戦略を始めるにあたっては、次の点を念頭に置く必要がある。
働き手への影響を予測する。生成AIが各部署で不可欠になるにつれ、個々の業務や責任の所在が変化する。たとえば、コンテンツマーケティングチームのコピーライターは、コピーを一から考案することではなく、生成AIのアウトプット(出力された回答)を編集することに仕事の重点が移るだろう。しかし、生成AIへの移行を迫られる業務は多岐にわたる。新たな役割をつくり、予算を再配分しなければならない。また、業績評価の際にも生成AIの使用状況を考慮する必要があるだろう。
生成AIを予測AI、固有データと組み合わせる。生成AIを機械学習システムや従来型AIツール(予測AI)と組み合わせれば、各業務に特化したAIアシスタントとして活用できる。たとえば、現場のメンテナンス作業者向けに作られた統合型AIアシスタントは、豊富な固有データに基づく予測モデルを駆使して故障を予測し、作業者を適切な修理現場に案内する。そして生成AIモデルを使い、現場で必要な知識や修理の手順を説明するのである。
あるクライアント企業はこの統合型モデルを使用し、修理にかかる時間を30%削減している。現場作業者の生産性は向上し、機械設備の調子も改善しているという。
BCGでは従業員向けの社内ツールだけでなく、クライアント向けのソリューションでも予測AIと生成AIを組み合わせて提供しており、そこから生まれる価値を目の当たりにしている。BCGのマーケティング・プラットフォーム「Fabriq」は、製品の選別やテストには予測AIを使用し、キャンペーンの自動化やコンテンツの大量作成は生成AIソリューションで支援するという形で、両方のAIを活用してパーソナライゼーション(個別化)プログラムを強化している。
Fabriqを活用した経験からは、より広く当てはまる洞察が得られた。「統合型AIの戦略的価値は確かなものであり、測定可能だ」という点だ。ヘルスケア、銀行、フィンテックなど規制のある業界のクライアント企業でさえ、驚くほどの結果を出している。具体的には、エンゲージメントが40%向上、口座開設が80%増加、顧客へのレコメンデーションの精度が30%改善した。
業界にかかわらず、生成AIを他のAIツールと統合する際には、ソリューションの重複を避けてシンプルなつくりを目指すことが望ましい。加えて、事実と異なるもっともらしい情報を出力する「ハルシネーション(幻覚)」を防ぐことで、ユーザーに関連性の高い正確なアウトプットを提供する必要がある。また、コストと安定性のバランスをとりながら、問い合わせに回答する時間を最適化することも求められる。迅速な開発プロセスでは、事業チームと技術チームが定期的にモデルのパフォーマンスに関するフィードバックを共有する。これが、自社のニーズに適したソリューションを構築するのに役立つ。
経営陣と各部門のリーダーが戦略を指揮する。リーダーたちはまず、企業のAI利用に関して指針となるビジョンを定義する。次にガイドラインを設定し、複数部門にまたがる一連のパイロットプロジェクトを実施し、うまくいきそうなものを特定する。そして、最も効果的なパイロットプロジェクトを組織全体に拡大するため、体系的な計画を立てる。
しかしリーダーたちは、生成AIの“魔法”の喜ばしくない側面――意図されていない使われ方、ハルシネーション、精巧な誤答など――に関連するリスクに注意する必要がある。さらには、生産性にかかわるリスクも存在する。生成AIを適切でない業務に使用すると、効率性は見る影もなく失われる。BCGが実施した大規模実験によると、生成AIの能力の範囲外のタスクにGPT-4を使用した従業員は、使用しなかった人よりも成績が劣ったという結果が出ている。
実験を行えば、テクノロジーが最も効果を発揮するポイントを特定できる。また、人間が機械の仕事を補足するポイントを押さえるのにも役立つ。この場合の「補足」は、人間によるフィードバックを取り入れたモデルの構築や、完全には自動化できないプロセスの最終工程を人間が引き継ぐといった形で行われる。再設計戦略において注力すべきことの大部分を占めるのは従業員だ。組織が「人」に重点的に焦点を当てた場合にのみ、戦略の効果が発揮される(BCGが提唱する「10:20:70の原則」に基づくと、「人・プロセス」に注力すべき割合は約70%)。
生成AIの効用は、生産性を向上させるだけにとどまらない。新たな顧客体験を考案したり、新規サービスや商品を開発したり、さらには新しいビジネスモデルを創造したりするのにも役立てられる。
企業は、生成AIによる売上増加を大胆に追求している。ある金融情報サービス会社はこのテクノロジーを使用して、自社のコア商品である金融データと分析の販売を、顧客向けの会話型インサイト生成プラットフォームに移行した。このサービスだけで、売上高の最大1億ドル純増を目指している。一連の生成AIサービスは同社の収益構造を変革し、企業全体に相当な影響を与えるだろう。
別の例としてある消費財企業は、生成AIを活用した会話型アシスタントを開発し、顧客ごとのパーソナライズ診断、トレンド提案、商品おすすめ機能、バーチャル試着サービスを提供している。この企業は、新規のダイレクト・トゥ・コンシューマー(D2C)
創造戦略については、さらに2つのことが言える。
大胆な技術設計を行うことで、適切なレベルのパフォーマンスに到達できる。この戦略は3つの中で最も複雑で技術的な難しさがあり、信頼性とコスト効率を両立できるカスタムシステムを構築することが求められる。しかし、設計思想の中心にはあくまでも顧客を置きながら、市場をリードするほどのインパクトを生み出すサービスを打ち立てる必要がある。図表2で示した例では、4つの異なる大規模言語モデル、10のデータベース、カスタム・ロジック(カスタマイズされた独自のアルゴリズム)を使用して、望ましいユーザーエクスペリエンスを提供している。
創造戦略は先の2つの戦略と比較すると、働き手への影響は限られている。小規模で特化型のインキュベーションチームは、迅速かつ柔軟に動くことができ、新規のビジネスモデルを創造するのに理想的なサイズである。そのモデルが価値を創出し始めれば、プロジェクトが拡大されていくにしたがって、どこにどう人材を配置すべきかが分かってくるだろう。
この戦略により、長期的な競争優位性を確実に支える。優位性を実現するために、自社のファーストパーティーデータ(自社で収集・保有している顧客データ)と知的財産に基づいたAIモデルを開発するのがよい。自社固有の資産が、画期的な生成AI体験の原動力となる。これらの資産を使用して、顧客が他では得られない体験をつくり出すのである。
「導入、再設計、創造」という3つの価値創造戦略は互いに相容れないものではない。3つの戦略をバランス良く推進することで、生成AIによる多くの成果を手にすることができる。技術基盤と責任あるAIポリシーを戦略ごとに整備し、それぞれの取り組みについて従業員が関心をもてるようにすることが大切だ。結局のところ、従業員の力なしに魔法は起きえない。
この3つの価値創造戦略を追求するにあたり、次の基本的な原則を意識しておきたい。
成果をスケールアップする
右脳と左脳
10:20:70の原則
あらゆる業界の企業が生成AIを通じて有意義な成果を実現するために、迅速に動いている。経営者はこの1年という節目を、自社の進捗を加速する契機とすべきだろう。以下の観点で着手することをおすすめする。
電球からスマートフォンに至るまで、かつて魔法のように思えた最新のテクノロジーはすぐに不可欠なものとなった。生成AIも、他の形式のAIと組み合わせることで、同様に私たちの日常やビジネスのあり方を変革するものとなる可能性が高い。企業はすでに競争優位性の構築を目指して導入を進めており、躊躇している時間はない。現時点で生成AIの“魔法”を活用できている企業には、さらに高い生産性と、魅力的な新しい収益源、そして言うまでもなく長期的な競争優位性がもたらされるだろう。
(原典: Turning GenAI Magic into Business Impact)